八重山諸島出身。大嶺祐投手が故郷にできること

2016-02-16 00:00 「パ・リーグ インサイト」マリーンズ球団広報 梶原紀章

石垣島春季キャンプ最後の休日となった2月15日、大嶺祐太投手は小浜島にいた。石垣島からフェリーで30分。小浜島で唯一の学校を訪問するため、自ら足を運んだ。海が綺麗に見渡せる丘の上の学校。心地よい風の香りを感じながら、校門をくぐった。

「自分が行くことで、子供たちの思い出に残ってもらえるなら。楽しんでもらえるならぜひ行きたい」

キャンプ前に企画した学校訪問だった。石垣島の子供たちとはキャンプを通じて交流を深めてきたが、八重山諸島出身のプロ野球選手として、他の島の子供たちとも触れ合いたいと考えていた。現地関係者を通じて、訪問先を検討。小学生37名、中学生13名の全校生徒50名の、小浜島で唯一の小中学校が快く受け入れてくれた。創立120年を超える歴史のある学校だが、生徒の数は決して多くはない。そして野球経験者もいなかった。だからこそ、自ら足を運んで訪問する意義があると感じた。

「最近、少年野球の人口が減っている。離島の子どもたちと触れあい、野球の楽しさを伝え、1人でも多くの子が野球を始めたり、見たりしてくれたらうれしい」

最初は誰も自分のことを知らなかったらどうしよう。ドキドキしながら校門をくぐり、ユニホームに着替え、生徒たちが待つ音楽室に向った。杞憂に終わった。「大きい!」。子供たちから大歓声が沸き起こった。笑顔で迎えてくれた。質問攻めにあい、最後は校庭に出て、キャッチボールをした。野球経験者はいなくてもグローブを持っている生徒がたくさんいたことがうれしかった。サインを頼まれ、快く引き受けた。

訪問に来てくれたお礼の歌を歌ってくれた。「島人ぬ宝」が、心地よく音楽室の中に響いた。大嶺祐も時に目を閉じながら聞き入った。中学生の男子生徒は三線を披露してくれた。子供たちは言った。「今年、テレビで応援するね」。「キャッチボール楽しかった。お父さんとやりたい」。その言葉だけでなんともいえない充実感を感じた。

「今、八重山諸島のどの島もサッカーに圧されて野球をやっている子が減っていると聞いている。自分が所属していた小学校の野球チームも、他のチームと合併しなくてはチームが作れない状態。自分にできることをしっかりと続けていきたい」

手を振って、学校を後にした。最後に生徒たちには夢を持つことの大切さ、そして夢を諦めないことの尊さを伝えた。みんな目を輝かせて聞いてくれたことが嬉しかった。帰りのフェリー。名残惜しそうに島を離れた。「楽しかった。また行きたいですね」。海風を感じながら、大嶺祐は口にした。

八重山諸島にはまだまだたくさんの学校がある。自分がプロ野球選手という影響力のある職業についている今、野球の楽しさを少しでも伝え、そして夢を持つ大事さを子供たちにこれからも伝えたいと思っている。背番号「11」は遠い海を眺めながら優しい目をした。