「諦めは悪いほうですよ」……台湾球界2年目、NPB入りを狙い続ける不屈の左腕・知念投手

2019-02-19 11:00 「パ・リーグ インサイト」望月遼太
台湾球界での活躍、そしてNPB入りの夢に向かって挑戦を続ける、152km/h左腕の知念広弥投手

台湾球界での活躍、そしてNPB入りの夢に向かって挑戦を続ける、152km/h左腕の知念広弥投手

台湾球界挑戦2年目の左腕にとって、野球人生は波乱と苦難の連続だった

 埼玉西武と台湾統一ライオンズの交流試合が、2月20日(水)と21日(木)の2日間にわたって開催される。その統一ライオンズでは、現在ひとりの日本人投手が大きな夢に向かって奮闘している。2019年に台湾球界挑戦2年目を迎える快速左腕、知念広弥投手だ。

 知念投手は1989年生まれの、いわゆる「菅野世代」のひとり。おかやま山陽高校、金沢学院大学を経て、九州三菱自動車で4年間プレーした。当時は朝に練習して昼から社業に入るという一般的な社会人野球チームとは真逆の形態で、野球よりも社業が優先される環境だった。営業職ゆえに終業も遅くなり、「野球を考える時間だったり、体を休める時間がどうしても少なかった」という。

「1個下ですけど、年下というイメージがあまりない。目標であり、友達みたいな感じですね」と語った有吉優樹投手(現・千葉ロッテ)の存在は、「取り組む姿勢もよく、いい投手だと思っていました。一緒にやれば同じようにレベルを上げられるかなと思い、よく一緒に練習しました」と語った知念投手にとっても刺激となったが、最終的に「僕にとって、野球で結果を出すには苦しい状況だった」と感じ、プロ野球選手になるという夢を成就させるために独立リーグ行きを決断した。

 しかし、「たくさん時間があるのが当たり前のことじゃないとわかって、一生懸命になれる。『あの時はこんなに時間がなかったけど、今はあるんだから、やれよ』っていうのを自分に言い聞かせられるので、いい経験だったなと思います」と、厳しい環境に身を置いたことは知念投手にとって貴重な糧にもなったそうだ。

NPBに近づけている実感がありながら一度は引退……それでも夢を諦めなかった

 ベースボール・チャレンジ・リーグの新潟アルビレックスBCでは「(野球に)かけられる時間がかなり増えたので、一気に成長できたと思います」と本人が語る通り、退社の直前には140km程度に落ちていた球速が、わずか1年で150kmまで戻ったという。「投球の感覚も全然違った」という確かな手応えを感じていた知念投手の元には実際にプロ球団からの調査書が届きだし、スカウトも来るようになったという。

 しかし、「スカウトが来ても、『いいね、何歳?』ってなった時に『25です、26です』ってなった時に『うわあ、マジか』っていうような感じで……」と、社会人を経由したがゆえの年齢面がネックとなった。プロにも認められる実力を持ち、NPB入りに近づけていたという実感もありながらドラフト指名の声がかかることはなく、2017年に28歳で現役引退を表明することとなった。

 一度はユニフォームを脱いだ知念投手だったが、飽くなきハングリー精神を持つ左腕はプロになるという夢を追い求め続け、2018年3月に台湾に渡って自費で統一ライオンズの入団テストを受けることに。そこで左腕から繰り出される143km/hの速球と多彩な変化球が評価され、見事に契約を勝ち取った。

 NPBでのプレー経験を持たないという異色の経歴ながら台湾球界で入団テストを受験できた背景には、現役時代に台湾球界でプレーした経験を持つ新潟アルビレックスBC時代の監督・加藤博人氏の紹介があったという。大きく曲がるカーブを武器にヤクルトの日本一にも貢献した好投手だった加藤氏は、「能力的にはいいものを持っているから、このままでは惜しい」と、挑戦を模索する愛弟子の背中を押してくれたという。

異国の地で「助っ人」として奮闘し、念願のプロ初登板を果たした2018年

 かくして、異国の地で「プロ野球選手」としての第一歩を踏み出した知念投手は、一軍に登録できる外国籍選手3人に次ぐ「第4の助っ人」という立場ながら、二軍で主に先発として18試合に登板して5勝1敗、防御率3.10という数字を残し、球速も152km/hを記録するまでに上がっていた。その活躍が認められて8月に一軍昇格を勝ち取ったが、ここでも「3回投げるチャンスがあったが、2回潰れてしまった」という不運に見舞われてしまう。

 まず、中継ぎとして登板する直前まで行った試合が1つあったものの、登板直前に雨で試合が中止となって初登板もお預けに。だが、かなりの緊張に襲われたというこの試合の経験は、8月22日に先発としてプロ初登板のマウンドを踏んだ際に生かされた。ここでは緊張することもなく、4回まで犠牲フライの1点のみに抑える好投を演じたのだ。

 続く5回も無失点のまま2アウトまで行き、アウトコースのスライダーを投じて「打ち取った感覚があった」という。3アウト目を確信してベンチに帰っていったものの、打球は予想以上に飛んでフェンスを直撃。「結果的に、そこでちょっと気持ちが乱れたかもしれません」と、そこから連打を浴びて6失点。4回2/3を7失点という成績で、敗戦投手となってしまった。

 初登板は残念な結果に終わってしまったものの、登板機会はもう1度得られる予定となっていたため、知念投手はその後も調整を続けていた。しかし、またしても雨に祟られ、登板が予定されていた試合は中止に。結局、一軍での登板は先述の1試合のみとなり、8月31日には球団から自由契約が通告されてしまう。