「最後は古巣で」は日米共通?プロ野球人生の始まりの場所へ帰る選手たち

2017-12-08 00:00 「パ・リーグ インサイト」新川諒

先日、松井稼頭央選手が選手兼テクニカルコーチとして、2003年以来となる埼玉西武ライオンズへの復帰を果たした。

ドラフト指名を受け、一流選手へと育ててくれた球団から羽ばたき世界の舞台へ。そこから楽天を経て、再び古巣へ復帰する。最後はプロ野球人生始まりの場所へ帰るというストーリーは故郷へ帰るという日本人の心が宿っているように思える。しかし、キャリアの最後に古巣へ貢献するという考えは日本だけというわけではない。

海を越えたメジャーリーグでも最後に古巣へ戻っていくというケースはこれまでにも複数あった。日本人のファンにも多く知られているケン・グリフィーJr.もそのうちの1人だ。1987年のドラフトで全体1位でシアトル・マリナーズから指名を受け、2年後に19歳の若さでメジャーデビュー。11シーズンもの間、マリナーズの一員として活躍するが、2000年にはシンシナティ・レッズへ移籍。レッズ9年目の途中でシカゴ・ホワイトソックスへ移るも、そのオフには再び古巣のマリナーズに復帰する。2シーズン後に引退したものの、野球殿堂入りする際にはマリナーズの帽子を選んだ。

グリフィーJr.の場合はマリナーズからのトレードを要求して、地元であるシンシナティへ念願の移籍をすることとなった。結果として、シンシナティでは怪我の多いキャリアとなってしまい思うような活躍はできなかった。それでもFAとなったグリフィーJr.にマリナーズはラブコールを送り、復帰を実現させた。一度去った選手を再び迎え入れるそんな懐の大きさもメジャーリーグには存在する。

一度FAでチームを去った者に古巣が手を差し伸べる。そういったチャンスを古巣が与えるケースもみられる。サンフランシスコ・ジャイアンツ3度のワールドシリーズ制覇に貢献をしてきたパブロ・サンドバル。2015年オフにはFAとなり、大型契約でボストン・レッドソックスへ移籍した。そしてもう1人挙げるのは、ニューヨーク・メッツの遊撃手を長らく担ってきたホセ・レイエス。2011年オフにFAとなってマイアミ・マーリンズと大型契約に合意し、その後はブルージェイズ、ロッキーズへの移籍が続いた。

2人とも長らく中心選手として育ったチームを離れ、新たな挑戦を求めて飛び立った。だが結果は振るわず、挽回のチャンスを求めていたときに手を差し伸べたのが古巣球団だった。

メジャーリーグでは、選手の移籍が多く、ドライでビジネス優先の世界に思われるが、その中でも球団が親心を持つケースは多く存在する。その象徴ともいえるのが、「1日契約」でもある。他球団の一員として引退した選手でも、1日だけ”現役復帰”の契約を結び、始球式等などのセレモニーにより、最後は自陣の選手としてキャリアを称えるというものだ。

長いキャリアの中、選手それぞれの決断がある。一度は去ってしまうかもしれないが、それでもチームは歴史を継続していくために必要な人材には帰る場所を作る。日米共に存在する様々な形での“古巣復帰”のその後。来シーズン以降もまた楽しみにしていきたい。