「求めれば求めるほど苦しくなって…」千葉ロッテ3年目右腕を襲った突如の制球難

2019-04-30 11:21 「Full-Count」佐藤直子
インタビューに応じた千葉ロッテ・島孝明※写真提供:Full-Count(写真:佐藤直子)

インタビューに応じた千葉ロッテ・島孝明※写真提供:Full-Count(写真:佐藤直子)

悩みの末に復調の兆し、今季1軍登板目指す右腕・島孝明

 井口資仁監督が率いて2年目の千葉ロッテは、今季「マウエ↑」をチームスローガンに掲げ、昨季の5位からの躍進を目指している。3月29日の開幕直後は黒星が大きく先行することもあったが、ようやく投打がかみ合い始め、粘り強い戦いを披露。上位チームに食らいついている。

 そんなチームの戦力になるべく、2軍で必死に技を磨き、地力を上げる努力を重ねている若手選手がいる。2軍から真っ直ぐ「マウエ↑」に躍進しようと奮闘する千葉ロッテ若手スターをご紹介する連載が今季もスタート。第1回は、3年目右腕・島孝明投手の今にスポットを当てた。

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 皆さんは、今まで当然のようにできていたことが、突然自分の思い通りにいかなくなったことはあるだろうか。2017年、意気揚々と迎えたプロ1年目の夏。千葉ロッテ島孝明は、制球難の壁にぶち当たった。東海大市原望洋高では甲子園に出場。速球派右腕として時速153キロを計測したダイヤの原石は、3年時に侍ジャパンU-18代表に選ばれ、アジア選手権優勝に大きく貢献した。地元の千葉ロッテにドラフト3位で入団。「さぁ、これから」という時に、まさか、が訪れた。

 小野晋吾2軍投手コーチは、当時のことを鮮明に覚えているという。

「試合で登板する1週間くらい前、キャッチボールする姿を見て『あれ、何か変だな』と。首から肩、背中にかけて固まっている感じで、フォームが全く違っていたんです。島が言うには、トレーニングをやり過ぎて張っている、とのことだったんですが、ちょっと嫌な感じがするなと思いましたね」

 同年8月26日、イースタン・リーグの敵地東京ヤクルト戦だった。6回から2番手として登板すると、先頭から3連続四球で無死満塁。なんとか2死まで奪ったが、そこから2連打2四球と失点が止まらず。結局、2/3回で2安打5四球7失点と炎上し、マウンドを降りた。

 長いシーズン、誰でも一度や二度、調子の悪い日はある。だが、島はなかなか抜け出せなかった。約1か月半ぶりに投げた10月1日の敵地横浜DeNA戦では、3回途中から登板して1死も奪えず2四死球1失点。当時について、島は「それまでも本当に調子の悪い日っていうのはあったんですけど、ずっと続くことはあまりなくて。それがプロに入ってからずっと続くようになって、悩む日々を過ごしました」と振り返る。

完璧主義からの卒業で前進「少しゆったり寛容になってもいいのかな」

「自分なりに改善方法を見つけようとしたんですけど、あれをやってもダメ、これをやってもダメ。じゃあ、どうしたらいいんだろう……って。同時に、自分の中で『どうしてこれができないんだ』っていうのが、すごくストレスになってしまったんです」

 技術面も精神面も自分が思うようにコントロールできなくなってしまった。「すべての面において、経験したことのないようなことを経験しました」と話す右腕に、「少し苦しみましたね」と声を掛けると、真っ直ぐだった表情を照れくさそうに崩して言った。

「だいぶ苦しみました。ちょっとだけじゃなかったです(笑)」

 2年目の昨季も試行錯誤の連続だった。ボールを投げること自体が怖かった時期もある。だが、「ここで投げ出してしまったら自分が後悔する。それだけはしたくなかった」と、とことん自分と向き合った。日々、自分自身と対話する中で、「大丈夫、できる」と呪文のように言い聞かせ続けたという。

 投球フォームのメカニック面は、当時2軍担当だった川越英隆・現1軍投手コーチや小野コーチのアドバイスに耳を傾けた。同時に、自分でも1つ殻をぶち破った。それは、完璧主義からの卒業だ。

 元々、研究熱心で妥協を許さないタイプ。選手が各自で練習メニューを決めていた高校時代には、インターネットを駆使して、いろいろなトレーニング方法や練習方法を試した。今でもオフは栄養やリカバリーに関する本を読み、知識を蓄えている。だが、以前と違うのは、“ほどほど”の感覚を掴んだことだ。

「すごく完璧主義だったんです。本当に窮屈なキチキチの中でやっていましたね。きれい好きですし、並んでいる物を見ても角度のズレが妙に気になったり(笑)。それが野球にも出ていました。でも、やっぱり人間なんで完璧にできないこともある。少しゆったり寛容になってもいいのかな、と思ったら、楽になりました」

昨年の台湾遠征で井口監督は高評価「エネルギーに変わりました」

 最も厳しい査定者が島本人だったのかもしれない。投球フォームと物の見方を調整しながら、いい投球と悪い投球の振れ幅を縮める作業を繰り返した。シーズン中こそ11試合で防御率10.80だったが、10月のみやざきフェニックス・リーグで成果が現れた。8試合に登板して無失点。「フェニックスで攻め姿勢が重要だなって本当に実感しました。気持ち次第で、自分の中での感じが変わる気がすごくしました」。

 さらには11月の台湾遠征でも2戦無失点と好投し、井口監督から高く評価された。投げるたびに自信が増していたが、何よりも指揮官からの評価は「エネルギーに変わりました」と言う。

 まだ20歳。浮上のきっかけを掴めば、巻き返しは早い。春キャンプでは1軍に同行し、オープン戦でも投げた。少し遠回りをしたかもしれないが、1軍で投げる自分の姿も「こんな感じかな」と、朧気ながらイメージを描きつつある。

 昨年、小野コーチはどこに飛んでくるか分からない時速150キロ近い球を何度も体に当てながらも、「寄り添わないと」と島のキャッチボール相手を続けた。今季はここまで7試合に投げて防御率0.00。「まだまだですよ」と首を横に振りながらも笑顔を隠せないのは、島がくぐり抜けた苦しみを知っているからだ。同時に「1軍で活躍できるだけの素材は持っている」と、秘める才能を認めてもいる。

 島が持ち味として自負するのは、もちろん「真っ直ぐ」だ。「真っ直ぐで三振を取るのが、ピッチャーをやっていて一番気持ちいいです」。最近刺激を受けたのは、北海道日本ハム石川直也のストレート。「球速もそうですし、バッターが打てない、バットに当たらない真っ直ぐ。すごかったですね」。自分の真っ直ぐも、もっと磨きを掛けようという思いを強くした。

 今年は、まず1軍に呼んでもらえるように安定した投球を続けることが目標だ。子供の頃に憧れたのは、2000年代の阪神を支えた速球左腕ジェフ・ウィリアムスだった。セットアッパー、守護神として活躍した幼少期のヒーローのように、勝利の方程式の一角になる日を目指して、今日も浦和の2軍球場で汗を流す。

(佐藤直子 / Naoko Sato)