過去14年のうち大半が活躍。「打率リーグ最下位」の歴史とその後を振り返る

2019-06-13 17:00 「パ・リーグ インサイト」望月遼太

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「打率リーグ最下位」ながら、そのリストには多くの実力者たちが名を連ねた

 ありとあらゆるランキングにおいて、首位もあれば必ず最下位もあるもの。もちろんそれは野球においても例外ではなく、首位打者という「光」の裏には必ず、リーグ最低となる打率を記録してしまった選手という「陰」も存在している。

 不名誉な記録ということもあり、首位打者と違ってリーグ最低打率の選手が話題となることはほとんどない。しかし、パ・リーグにおいてシーズン最低打率を記録してしまった選手たちの中には、翌年以降に打撃成績を向上させ、本来の実力の高さをあらためて示した選手たちが多く存在しているのをご存知だろうか。

 そこで、今回は2005年以降の14年間でリーグ最下位の打率を記録してしまった選手たちを列記し、その選手たちがその後にどんな活躍を見せたのかについても紹介していきたい。

 2005年から2018年までの14シーズンで、規定打席に乗った中でパ・リーグ最低となる打率を記録した選手は以下の通り。

2005年:谷佳知氏(オリックス)
111試合 6本塁打 36打点 打率.248
2006年:山崎武司氏(楽天)
122試合 19本塁打 67打点 打率.241
2007年:細川亨選手(埼玉西武)
139試合 10本塁打 43打点 打率.239
2008年:クレイグ・ブラゼル氏(埼玉西武)
130試合 27本塁打 87打点 打率.234
2009年:里崎智也氏(千葉ロッテ)
124試合 10本塁打 49打点 打率.234
2010年:山崎武司氏(楽天)
141試合 28本塁打 93打点 打率.239
2011年:小谷野栄一氏(北海道日本ハム)
129試合 5本塁打 47打点 打率.237
2012年:小谷野栄一氏(北海道日本ハム)
134試合 3本塁打 39打点 打率.228
2013年:炭谷銀仁朗選手(埼玉西武)
141試合 5本塁打 43打点 打率.215
2014年:アンドリュー・ジョーンズ氏(楽天)
138試合 24本塁打 71打点 打率.221
2015年:炭谷銀仁朗選手(埼玉西武)
133試合 4本塁打 35打点 打率.211
2016年:中島卓也選手(北海道日本ハム)
143試合 0本塁打 28打点 打率.243
2017年:中田翔選手(北海道日本ハム)
129試合 16本塁打 67打点 打率.216
2018年:安達了一選手(オリックス)
140試合 3本塁打 41打点 打率.219

ベテランの域に達してから鮮やかな復活劇を見せた、谷佳知氏と山崎武司氏

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 谷佳知氏は2004年までは球界屈指のヒットメーカーとして活躍していたが、球団合併初年度の2005年に絶不調に陥ってしまう。続く2006年も打率.267と不振だったが、2007年にトレードで巨人に移籍したことをきっかけに、本来のシュアな打撃を取り戻していく。同年に141試合で打率.318と復活を果たすと、2009年には規定打席未満ながら101試合で打率.331を記録。2007年からのリーグ3連覇にも貢献し、19年間のプロ生活で生涯打率.297、通算1928安打という素晴らしい実績を残した。

 中日時代の1996年にセ・リーグ本塁打王に輝いた経験も持つ山崎武司氏は、オリックスへの移籍を経て分配ドラフトで楽天の創設メンバーのひとりに。2005年は25本塁打を放ったが、2006年にはリーグ最低打率に沈んでしまう。だが、翌2007年に持ち前の長打力が再び覚醒。43本塁打、108打点と38歳にして打撃2部門でキャリアハイの成績を残し、本塁打と打点の2冠王に輝く復活劇を見せた。再び打率最下位に沈んだ2010年にもリーグ2位の28本塁打、リーグ4位タイの93打点を挙げるなど、41歳を迎えてもその打棒は衰え知らずだった。

 2008年に来日したブラゼル氏は、リーグ4位の27本塁打を放って同年のリーグ優勝にも貢献したが、後半戦は不振にあえいでしまう。負傷の影響で日本シリーズにも出場できず、埼玉西武でのプレーはこの年限りとなってしまった。ブラゼル氏がその本領を発揮したのは、翌2009年途中に阪神に移籍してからだった。広い甲子園球場と左打者に不利な浜風をものともせず、82試合で16本塁打、49打点、打率.291と活躍。続く2010年には47本塁打、117打点、打率.296と大爆発し、長距離砲としての高い実力を証明してみせた。