大車輪の活躍を見せる平井克典。稲尾、久保田、浅尾らとの登板ペースの差は?

2019-08-01 12:00 「パ・リーグ インサイト」望月遼太

《THE FEATURE PLAYER》L平井 タフネス右腕に感謝の気持ちを伝えたい

7月末で53試合、平井投手の登板ペースを先人たちと比べると……

 開幕直後から話題となり続けているその登板ペースは、はたして先人たちにも匹敵するものだろうか。埼玉西武の平井克典投手が開幕から場面を問わずに登板を重ね、時にはイニング跨ぎもこなす大車輪の活躍でチームの中継ぎ陣を懸命に支えている。7月31日時点での平井投手の成績は、次の通りとなっている。

53試合 4勝1敗21ホールド25HP 57回 51奪三振 防御率2.37

 48試合を残して53試合に到達した平井投手の登板ペースはかなりの多さだが、過去にも年間登板試合数の日本記録を保持する久保田智之氏(元阪神)をはじめ、藤川球児投手(阪神)、浅尾拓也氏(元中日)、そしてライオンズの大先輩にあたる稲尾和久氏(元西鉄)のように、平井投手と同様に開幕直後からフル回転の活躍を見せた投手たちは存在してきた。

 そこで、今回はシーズン登板数の上位記録を保持している投手たちの中で、その年にタイトルを獲得した4投手の7月31日時点での成績を紹介。先人たちに比べて平井投手の登板ペースがどのレベルに位置するのかを、7月末時点の数字から比較していきたい。

久保田智之氏(2007年)

7月末時点:55試合 3勝2敗29ホールド32HP 65回 67奪三振 防御率2.15
年間成績:90試合 9勝3敗46ホールド55HP 108回 101奪三振 防御率1.75
タイトル:最優秀中継ぎ投手

 当時の球界を席巻したリリーフトリオ「JFK」の一員として活躍した久保田氏は、2005年にクローザーとして27セーブを記録し、チームのリーグ優勝にも貢献した。しかし、翌2006年にケガもあって抑えの座を藤川投手に譲り、自身はセットアッパーに配置転換。そして迎えた2007年、久保田投手は開幕からフル回転の投球を見せていく。

 3月に1試合(防御率0.00)、4月に12試合(防御率1.62)、5月に15試合(防御率4.11)、6月に12試合(防御率0.59)、7月に15試合(防御率2.55)と序盤からコンスタントに登板を重ね、やや調子を崩した5月以外は安定した投球を披露。前半戦が終わった段階で55試合、29ホールドと一般的な中継ぎ投手なら1年間で記録するレベルの成績を残していたが、この年の久保田投手はここからさらにギアを上げ、前人未到の領域へと突入していく。

 登板過多による疲労も懸念される中で、8月は17試合で防御率0.46、9月は16試合で防御率1.89、10月は2試合で防御率0.00と、終盤戦に入ってからさらに調子を上げる驚異のタフネスぶりを発揮。最終的にNPB史上最多となる90試合に登板し、リリーフながら投球回も3桁超え。防御率も1点台と安定感も抜群で、まさに球史に残る快投を繰り広げた。

藤川球児投手(2005年)

7月末時点:54試合 4勝1敗35ホールド39HP 63.1回 92奪三振 防御率1.14
年間成績:80試合 7勝1敗46ホールド53HP 92.1回 139奪三振 防御率1.36
タイトル:最優秀中継ぎ投手

 現在、シーズン登板数のNPB記録を保持しているのは久保田氏だが、その2年前に当時のNPB記録を塗り替えていたのが、同じく「JFK」の一員だった藤川投手だ。それまでは2004年の26試合が自身最多の登板数となっていたが、後に「火の玉ストレート」と呼ばれるようになる剛速球を武器に、2005年に大ブレイクを果たす。

 5月には13試合に登板して防御率0.00という素晴らしい内容を見せ、前半戦が終わった段階では先述の久保田氏を上回る素晴らしい成績を記録。これだけ登板を重ねながら4カ月間の月別防御率は全て1点台以下という素晴らしい安定感もさることながら、63回1/3で92個の三振を記録した奪三振能力は圧巻だった。

 まさに大車輪の働きだった前半戦に比べると後半戦はやや登板ペースを落としたが、月別防御率は最も悪かった9月でも2.81で、それ以外は全て1点台以下と最後まで安定感を保ち続けた。チームのリーグ優勝にも大きく貢献し、自身の知名度も一躍全国区に。藤川投手にとっては後の活躍へとつながっていく、まさに大きな転機となる1年だった。