「自分でぶち壊した試合が思い出」通算167S・武田久から続く北海道日本ハム中継ぎ陣の系譜

2020-05-15 07:10 「Full-Count」石川加奈子
2017年まで北海道日本ハムに在籍していた武田久氏※写真提供:Full-Count(写真:石川加奈子)

2017年まで北海道日本ハムに在籍していた武田久氏※写真提供:Full-Count(写真:石川加奈子)

球団歴代最多の167セーブを挙げた武田久の思いは後輩に受け継がれる

 プロ野球開幕を心待ちにしながら北海道日本ハムの取材ノートを整理していたら、思い出深い言葉を再発見した。「F取材ノート~心に残ったあの言葉」として改めて紹介したい。今回は、球団歴代最多の167セーブを挙げた武田久投手。

「自分でぶち壊した試合が思い出」

 2017年限りで北海道日本ハムを退団した時の会見で発した言葉だ。思い出の試合を問われた時に苦笑しながら答える姿に、見ているこちらがグッと来た。

 2006年に最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得して北海道移転後初めての優勝に貢献、2009、11、12年と3度最多セーブを獲得。13年には150セーブと500試合登板も達成している。これだけの実績があれば、華々しい場面が思い出に残っていてもおかしくない。

 だが、武田は言った。「ポジション的に、いい思い出はあまり残らない。打たれた試合を糧に頑張ってきた」。ぶち壊した試合にこそ、小さな鉄腕が必死に15年間腕を振り続けた原動力があった。

 膝の故障と戦いながら這い上がった。「僕くらいの能力で9回(クローザー)をできたのは奇跡に近いと思う。1年1年必死にやってきた積み重ね。ポジションをとったら、奪われたくないというその気持ちだけだった」。ノートに並ぶ文字を追うと、どれだけのものを背負って534試合マウンドに上がったのだろうと頭が下がる思いがした。

 よく口にしていた美学は「僕らが目立っているようじゃダメ。無難に終わらせるのが仕事」。試合の流れに波風を立てず、サッと仕事をしてサッと帰ってくる。絶体絶命のピンチを切り抜けても試合後はいつも変わらぬクールな姿が頼もしかった。

 そんな武田のスタイルは、後輩に受け継がれている。武田を抜いて球団歴代トップ684試合に登板している宮西尚生投手。300ホールドポイント達成を目前にした18年6月の取材ノートには「一番すごいのは目立たないリリーフ」の文字があった。

リリーフ一筋の宮西「見てくれる人が見てくれればいい」

 入団時からリリーフ一筋の宮西だが、2年目には先発に嫉妬してした時期があったと聞いたことがある。リリーフは抑えて当たり前で、打たれた時だけ目立つ。その理不尽さに納得いかなかったからだ。チームメートの「リリーフのおかげ」という言葉に救われ、その後自身の不調時に「ここまでチームのために抑えてきたんだから」と声をかけられて完全に吹っ切れた。以降は「見てくれる人が見てくれればいい」と一喜一憂することはない。武田の仕事ぶりを間近で見ていたこともあり、たどり着くべくしてたどり着いた答えなのだろう。

 リリーフに誇りを持つ宮西は「グラウンドで目立ってはいけないけれど、記録の時は目立っていい」という自負を持っている。入団1年目から13年連続50試合以上登板とフル回転し、337ホールドと歴代最多記録を更新し続けているのも、リリーフの評価を高め、若い人の道標となるため。「最初からリリーフを目指すピッチャーに(プロに)入ってきてほしい」という思いがある。

 その心意気をしっかりと受け止めた後輩がいる。昨季、先発とリリーフの両方をこなして53試合に登板した堀瑞輝投手は、昨オフの契約更改でリリーフを志願した。自身がオープナーを務めた試合で「ベンチでリリーフの人が出ていくのを見ていると、キラキラして見えて、あっちがいいなと思いました」。派手さはなくても献身的にチームを支える仕事人の姿は、今の若い投手から見てもカッコいいと映るようだ。

 堀が追いかけるのは宮西の背中。「身近にミヤさんがいるので。追い越すというのはまだ自分で言うのは早いと思うので、まずはそこを目指して。いずれは何とか追いつけるようになりたいなと思います」。そう話していた昨オフは、宮西、加藤と一緒にハワイで自主トレを行った。球界を代表するリリーフに鍛えらえれた22歳左腕は今季どんな投球を見せてくれるだろうか。

 栗山英樹監督が「うちの生命線。宝物」と評したこともある北海道日本ハムのリリーフ陣。武田が築いた仕事人の系譜は、宮西そしてさらに若い世代へ続いている。

(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)