千葉ロッテ戦力外の大谷智久が現役引退を決断「プロは一軍で投げないと意味がない」

2020-12-14 14:11 「Full-Count」橋本健吾
千葉ロッテ・大谷智久※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)

千葉ロッテ・大谷智久※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)

2002年選抜V腕はプロ通算340試合登板、20勝34敗120ホールド、防御率3.67

 千葉ロッテから戦力外となった大谷智久投手が14日、現役を引退することを決めた。2009年にドラフト2位で入団し“幕張の海坊主”としてファンからも愛された右腕は「プロは需要と供給の世界。悔いのない11年だった」と決断を下した。

 大谷は現役続行を目指し7日に行われた12球団トライアウトには参加せず、他球団からのオファーを待っていたがこの日までに連絡がなく引退を決めた。

 報徳学園時代の2002年には選抜優勝投手として活躍、その後も早大でリーグ通算18勝、トヨタ自動車では2008年の日本選手権で連覇に貢献しMVPにも輝くなどアマ野球のエリートで経験を積んだ。一度は指名漏れも経験したが千葉ロッテでは先発、中継ぎとしてチームを支えた。

 丸刈り頭がトレードマークで愛称は“幕張の海坊主”。昔から目立つことが苦手でシャイな人柄だったが、ルーキーイヤーの10年4月25日福岡ソフトバンク戦では2回途中から急遽マウンドに上がり3回1/3を無失点で抑えパ・リーグの新人で白星一番乗り。ヒーローインタビューでは勇気を振り絞り「海坊主をよろしくお願いします」と絶叫し、頬を赤くしながら自らを売り込んだ。

 過去にはリリーフでマウンドに上がり中1日で先発することもあったが「必要とされるならどんな場所でも投げる。プロは1軍で投げないと意味がない」と、どんな状況でもマウンドに上がった。体のケアを欠かしたことはなくシーズン中でも合間を見つけては県外に出向き治療を行い、プライベートでも酒を口にするのは年末年始と徹底した自己管理でプロ11年間を駆け抜けた。

 北海道日本ハムに大谷翔平投手(現エンゼルス)が入団すると“二刀流じゃないほうの大谷”とネットで注目を集めた。心無い言葉もあったが大谷はむしろ感謝していた。

「大谷君(翔平)のおかげで僕の名前を覚えてくれたファンの方もいるし感謝しかない。対戦するのも楽しかったですし単純にスゴイなって思えた。おこがましいですが、これからもメジャーで活躍する姿を応援したいですね」

 プロでの思い出は「抑えた試合やいい投球をした時はほとんど覚えていない。思い出すのは打たれた試合ばかり。その悔しさが次の試合に繋がっていくと思う」と口にする。ここ2年間での1軍登板はわずか2試合だったが、2軍でも1軍同様に日々の準備を怠らずトレーニングを行ってきた。投手最年長がひたむきに汗を流す姿は若手たちにも届いているに違いない。

 コツコツと積み上げたプロでの実績は通算340試合に登板し20勝34敗、120ホールド、防御率3.67。地味に堅実にそしてチームの為に右腕を振り続けた男は静かにユニホームを脱いだ。