オリックス復帰のロメロは活躍なるか。過去の古巣復帰の成功例と、その共通点とは?

2021-02-08 11:00 「パ・リーグ インサイト」望月遼太

古巣に復帰して活躍を見せた助っ人は、過去にも多く存在している

 1月8日、オリックスがステフェン・ロメロ選手の獲得を発表した。2017年から3シーズンにわたってオリックスでプレーしていたロメロ選手にとって、今回の移籍は2年ぶりの古巣復帰となる。昨季は楽天で103試合に出場し、24本塁打、OPS.893と活躍した長距離砲の加入は、昨季の得点数がリーグ最下位だったオリックスにとって、この補強は大きい。

 ロメロ選手のように、前回在籍時や他球団での活躍を評価され、一旦チームを離れた後に再び古巣のユニフォームを着てプレーする外国籍選手は、過去にも存在した。チームのカルチャーをあらかじめ理解しているというだけでなく、球団がフランチャイズとする都市や、練習拠点や本拠地への適応に関する心配も無用となる点は、選手本人だけでなく、球団や周囲にとってもアドバンテージとなる。

 今回は歴代のパ・リーグにおいて、過去に所属した球団に復帰し、その後に一定以上の活躍を見せた選手たちについて紹介する。

フリオ・フランコ氏

 フランコ氏は1度目の来日前年となる1994年に、ホワイトソックスで112試合に出場して打率.319を記録した一流のメジャーリーガーであった。1994年の8月からMLBで起こったストライキの影響もあり、1995年に海を渡って千葉ロッテの一員に。実績抜群のベテランながらMLBでの数字におごることなく、チームリーダーとしてグラウンド内外で周囲をけん引。打率、出塁率ともに優秀な成績を残し、チームの2位躍進にも大きく貢献した。

 同年には一塁手としてベストナインとゴールデングラブ賞をともに受賞したが、1996年からは再びMLBへ。1998年に再来日して千葉ロッテに2度目の入団を果たし、前回と同様にチームリーダーとして奮闘。40歳という年齢を感じさせないプレーぶりを見せて中心打者として活躍し、今度は二塁手としてベストナインに輝いている。

トロイ・ニール氏

 1995年にオリックス・ブルーウェーブに入団したニール氏は、来日初年度から27本塁打を放ってチームのリーグ優勝に貢献。翌1996年には本塁打王と打点王の2冠王となり、主砲としてリーグ連覇に大きく寄与した。同年の日本シリーズでは打率.176とアベレージこそ高くなかったものの、放った安打がいずれも殊勲打という驚異的な勝負強さを見せてチームの日本一に貢献。日本シリーズのMVPにも輝き、神戸の街に歓喜をもたらした。

 続く1997年にも一定以上の活躍を見せたが、同年オフには一旦自由契約に。翌1998年途中にオリックスへ復帰すると、再び主砲として大活躍を見せる。このシーズンはキャリアハイの打率に加えてOPS.959と打撃内容も非常に優れており、途中入団とは思えないを数字を残してみせた。

シャーマン・オバンドー氏

 1999年途中に日本ハムに入団したオバンドー氏は、わずか94試合で20本塁打とハイペースで本塁打を量産。続く2000年にはケガの影響で107試合の出場にとどまりながら、打率.300、30本塁打、100打点をクリアする抜群の活躍を見せ、外野手部門のベストナインにも輝いた。2002年までの4シーズン全てでOPS.800以上を記録した点にも打撃能力の高さが表れており、ファイターズの主砲として苦しい時期のチームを支える存在の一人だった。

 2002年オフに一度は日本ハムを退団したが、2004年途中に、北海道移転初年度だったファイターズへ復帰を果たす。オバンドー氏にとっては2年ぶりとなるNPBでのプレーとなったが、生まれ変わったチームに溶け込み、打率.300を優に超える優秀な数字を記録。OPSも.996と出色の成績を残し、同年のAクラス入りにも主砲として大きく貢献した。

タフィー・ローズ氏

 ローズ氏の場合は“古巣復帰”と言うと少なからず語弊が生じるかもしれないが、カムバック以降の活躍ぶりを思えば、その存在を語り落とすわけにはいかないだろう。近鉄時代は2001年に当時のNPB史上最多タイとなる年間55本塁打を放つなど、本塁打王を3度、打点王を2度獲得。8年間という長期間にわたって主力として活躍したことや、持ち前の陽気な性格も相まって、チームの顔の一人となっていった。

 2004年には巨人でも本塁打王に輝き、史上2人目となる両リーグでの本塁打王という快挙を達成。2006年に一旦は米球界に復帰したが、2007年に再来日。かつての古巣・近鉄は球界再編の影響により、2004年限りでその歴史に幕を下していたが、その合併先であるオリックスへ入団し、2年ぶりとなるNPB復帰を果たした。

 再び「バファローズ」の一員となったローズ氏は、近鉄時代と同じメロディーの応援歌に乗せて豪打を連発。2007年には39歳という年齢を感じさせない打棒で本塁打王争いを繰り広げ、最高出塁率のタイトルにも輝いた。続く2008年には主砲としてチームの2位躍進に大きく貢献し、40歳にして自身3度目の打点王を獲得。NPB通算464本塁打という数字は、今なお外国籍選手としては史上最多の数字となっている。

ブライアン・シコースキー氏

 2001年に千葉ロッテに入団したシコースキー氏は、快速球を武器に翌年から中継ぎの一角として活躍。登板前に白線を飛び越え、マウンドで豪快に腕を回すパフォーマンスも相まって、幕張の地で人気を博す存在となった。巨人と東京ヤクルトでも安定した投球を見せ、2008年に4年ぶりに千葉ロッテへ復帰。2年続けて防御率は2点台前半と前回在籍時を大きく上回る安定感を発揮し、2009年途中からはクローザーの大役も任された。

 2010年に移籍した埼玉西武でもストッパーを務め、見事に自身初の個人タイトルとなる最多セーブを受賞。2011年は故障の影響でわずか4試合の登板に終わり、同年オフに退団。1年後の2013年に再び埼玉西武に入団したが、ケガに苦しめられて一軍での登板は果たせなかった。それでも、リリーフ投手ながらシーズン100奪三振以上を2度記録し、通算438登板は外国籍選手として歴代2位。まさに、記録にも記憶にも色濃く残る助っ人だった。

ホセ・フェルナンデス氏

 2003年の開幕直後に千葉ロッテへ入団したフェルナンデス氏は、来日1年目から打率.300、30本塁打、100打点をクリアする大活躍を披露。翌年に移籍した西武でも期待に応える活躍を見せ、プレーオフを勝ち抜いての日本一にも主力として大きく貢献した。2006年からは創設間もなかった楽天に活躍の場を移し、まだ戦力の乏しかった時代のチームにあって、貴重な強打者として3年間にわたって安定した活躍を続けた。

 2009年に入団したオリックスではやや物足りない成績に終わり、一旦はNPBを離れたが、翌2010年の6月末にライオンズへ復帰。打率.339、OPS.925という見事な成績を残し、前年Bクラスだったチームの優勝争いに貢献した。続く2011年には統一球導入の影響でリーグ全体の打撃成績が落ち込む中で奮闘し、指名打者としてベストナインに輝いた。翌年以降も楽天、オリックスにそれぞれ復帰を果たし、11年間にわたってNPBでプレーを続けた。なお、2018年には埼玉西武の編成部国際業務駐米担当として“古巣復帰”を果たしたことも記憶に新しい。

ジェイソン・スタンリッジ氏

 2007年の6月に福岡ソフトバンクに入団したスタンリッジ投手は、途中入団ながら7勝を挙げ、敗戦数はわずかに1という素晴らしい投球を披露した。しかし、続く2008年はわずか3試合の登板で防御率は7点台と一転して不振に陥り、シーズン終了後に米球界へ復帰。それでも、2010年の4月に阪神入りしてNPB復帰を果たすと、シーズン途中入団ながら11勝をマークする大活躍。その後も4年間にわたって、主戦投手として安定した投球を続けた。

 先発投手としての高い実力を証明したスタンリッジ投手は、2014年に6年ぶりとなる古巣・ソフトバンク復帰を果たす。そこから2年続けて2桁勝利を記録して周囲の期待に応え、2年連続となるチームの日本一にも貢献した。2016年からは千葉ロッテに移籍し、同年はローテーションの一角として規定投球回に到達し、チームのAクラス入りにも貢献。39歳となる2017年まで、NPBで実働10年という息の長い活躍を続けた。

7名の“成功例”に共通する要素とは?

 今回紹介した選手たちの共通点としては、1995年から2シーズンをMLBで過ごしたフランコ氏を除く6選手は、いずれも日本球界でのブランクが2年未満となっていたことが挙げられる。また、7名すべてが古巣復帰前にNPBで過ごした最後のシーズンにおいて、いずれもチームの主力として一定以上の活躍を見せていた点も共通している。

 ロメロ選手は昨季も楽天でリーグ5位タイの本塁打数を記録するなど十分な活躍を見せており、いずれの条件とも合致している。もちろん、2011年に横浜で20本塁打を放ちながら、古巣の北海道日本ハムに復帰した2012年は47試合で5本塁打に終わったターメル・スレッジ氏のように、2つの条件を満たしながら期待に応えきれなかった選手も過去には存在した。しかし、ロメロ選手が過去の成功例と類似したケースであることも確かだろう。

古巣への復帰は必ずしも成功が確約されたものではないが……

 古巣への復帰は必ずしも成功が確約されたものではないが、過去の例を参照する限りでは、復帰後に出色の活躍を見せ、チームのAクラス入りにも貢献した助っ人が多く存在していた。大阪の地に舞い戻った助っ人が、2年連続となる最下位に沈んでいるチームを救う存在となれるか否か。その打棒に注目する価値は、大いにあることだろう。

文・望月遼太

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