2リーグ制以降、66年の歴史でみる楽天・則本投手の3年連続200奪三振達成の価値

2016-11-27 00:00 「パ・リーグ インサイト」編集部

今季、楽天のエース・則本投手の成績は11勝11敗、防御率2.91。プロ4年間で積み重ねた勝利数はこれで50となり、同じ年にプロ入りした北海道日本ハムの大谷選手や、福岡ソフトバンクの東浜投手などパ・リーグの同期の選手の中では、最速で通算50勝をマークしたことになる。

そんな則本投手の魅力は、何といっても長いイニングが安定して計算できる完投能力や、ずば抜けた奪三振能力だろう。強打者を相手に三振の山を築いていくことは、野球の醍醐味の一つでもある。プロ2年目の2014年には204奪三振で最多奪三振のタイトルを獲得しており、今季も両リーグトップとなる216奪三振。入団以降4年連続の2桁勝利とともに、3年連続の200奪三振をも達成してみせた。ここではこの「200奪三振」という数字にフォーカスを当てて、その価値を再確認してみたい。

2リーグ制が敷かれた1950年以降、1シーズンで200奪三振以上を達成した投手に限定してみると、往年の名投手がずらりと並ぶ。そのうちのシーズン最多奪三振記録は、1968年に阪神の江夏氏が奪った401個であり、200奪三振以上を最も多く記録したのは国鉄の金田氏で、14年連続14回。どちらも、現在では考えられないような驚異的な数字だ。

2リーグ制となった以降の66年の歴史の中で、200奪三振以上を複数回記録している選手は多数いるが、則本投手のように3年以上連続で200奪三振をマークした投手は限られる。南海の杉浦氏、近鉄の鈴木啓示氏や、近鉄の野茂氏などだ。パ・リーグでは、2008年から3年連続で達成した福岡ソフトバンクの杉内投手(現・巨人)が最近の記録だが、セ・リーグでは何と1967年から7年連続で達成した江夏投手まで遡らなければならない。

分業制などの影響もあり、1980年頃からは両リーグともに、複数回どころか200奪三振自体が達成されなくなる年が増えてくる。2001年から2006年にかけて、西武(現・福岡ソフトバンク)の松坂投手などが何度かその壁を越えたが、隔年の記録となっている。2007年からは、北海道日本ハム(現・テキサスレンジャーズ)のダルビッシュ投手が杉内投手とハイレベルな最多奪三振王争いを繰り広げた。しかし、メジャーリーグ挑戦の前年となる2011年までに、3年以上連続で200奪三振をマークすることは叶わなかった。

66年間という2リーグ制の歴史の中でも、歴代でごくわずかの選手しか達成できなかった記録なのだから、則本投手が今年それを成し遂げたという事実は、やはり驚嘆に値する。

打者からアウトを取り、無失点に抑え込む方法は、三振を奪うことだけではない。ゴロやフライを打たせて1球で仕留めることも、その手段のうちの一つである。その点、奪三振は最低でも3球を要し、その分投手自身の負担も増すことになる。しかし則本投手のように、野球選手としてはそれほど大柄な体格ではない投手が、ダイナミックなフォームから自由自在に打者を切って取る光景は、見るものにとっては何ともいえず爽快で、同時に味方チームの勢いを加速させる力を持つ。

また、最低でも3球を要する三振の数が多いにも関わらず、毎年のように200イニング近い投球回をこなしてくれる能力も非常に素晴らしいものであり、先発の柱として計算できることもチームにとっては非常に大きい存在であると言える。

岸投手がFAで新加入した来季は二枚看板としての活躍が期待され、2013年以来となる日本一を目指す。“醍醐味”の一つである則本投手の華麗なる奪三振ショーに期待し、どこまで連続記録を伸ばせるかに注目していきたい。