【高校野球企画】Youthful Days ~まだ見ぬ自分を追いかけて~ vol.1 浅村栄斗選手[埼玉西武]

2018-08-05 09:00 氏原英明
埼玉西武・浅村選手【イラスト:横山英史】©SEIBU Lions

埼玉西武・浅村選手【イラスト:横山英史】©SEIBU Lions

第100回全国高等学校野球選手権記念大会が開幕した。今年も甲子園で高校野球の頂点を巡り、激闘が繰り広げられる。夢見た舞台へ辿り着くために、球児たちはどれだけの鍛錬、挑戦、葛藤を積み重ねているのだろうか。現役プロ野球選手の高校時代を振り返る連載第1回は、今から10年前の記念大会で全国制覇を果たした浅村栄斗選手(現埼玉西武)。17年ぶりに「深紅の大優勝旗」を持ち帰った大阪桐蔭高校の牽引車は、プロ入り後も攻守に磨きをかけて、打点王を獲得するなど勝負強い打撃で打線を引っ張っている。成長を促す向上心の中核にあるのは、名門校で味わった酸いと甘いだ。

指揮官の叱咤と心に響いたOBの発破

あの夏がなかったら…。プロ野球で活躍する選手の中には、高校時代のひと夏の経験がプレイヤーとしての可能性をワンステップ高めることがある。

現在、パ・リーグ首位を走る埼玉西武のキャプテンを務める浅村栄斗選手がその一人だ。ちょうど10年前の第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場した大阪桐蔭高校の「1番・ショート」だった浅村選手は、チームを17年ぶりの優勝に導いただけでなく、選手としての価値を高める活躍を見せた。

「自分の力を発揮することだけでしたね。優勝を目指すというよりも、目の前の試合を確実に勝っていこうと。プレーに関しても、引いてやるんじゃなしに、どんどん自分を出していこうと考えていました」

2008年夏、浅村選手は優勝を決めたとき、そう語っていたものだった。とはいえ、大阪桐蔭高校に入学してからの浅村選手は決してエリート街道を突っ走ってきたわけではない。守備面では派手な好プレーを見せる一方、気を抜いたような軽率なエラーも度々する。好不調の波が激しく、西谷浩一監督は高卒でプロに行く選手だと思っていなかったと、こう語る。

「浅村にはお兄ちゃんがいて、最後の夏にはメンバーに入れなかったんですけど、すごく努力した、いい選手でした。浅村本人はいい選手だなとは思いましたけど、スターではありませんでした。だから、僕の中では『(努力家の)浅村の弟』というふうに見ていましたね。しかし、実際はお兄ちゃんとは正反対でした。プレー面では華があるところを見せるんですけど、ポカが多かったんです。練習の姿勢も根気がなく集中が続かない。そういうのが試合でのプレーにも出ていました」

西谷監督は浅村選手を叱り続けたという。1年秋から頭角を現し、将来を見据えてベンチ入りする機会を与えたものの、軽率なプレーが目につき、厳しい選択をせざるを得なかった。浅村選手の1学年上は中田翔選手(現北海道日本ハム)、岡田雅利選手(現埼玉西武)らタレントそろいの世代で、2007年の選抜高校野球ではベスト8入りを果たしている。そんな中にあって、浅村選手はベンチにすら入れなくなっていたのだ。

能力はあるものの、自分で限界をつくり努力をしようとしない。当時のチームには浅村選手と同じポジションの選手が主将だったこともあり、最初からレギュラー獲りを諦めてしまっていたのだ。浅村選手の姿勢に「ベンチに置いておくより冷や飯を食べさせた方がいい」という選択を、指揮官はしたというわけである。

センバツが終わると、西谷監督は浅村選手を積極的に練習試合などで抜擢した。彼のモチベーションを高めるために、あえて主将がいたショートのポジションに起用することで奮起を待ったのだった。最終的にショートのレギュラーにはなれなかったものの、水を得た魚のように躍動した浅村選手は2年夏の大阪府大会では背番号「14」ながらセカンドのレギュラーを獲得。同大会では打率5割を超えるハイアベレージを残したのである。

翌年のドラフト候補と騒がれるようになったのは、このころからだった。しかし、そんな周囲の期待をよそに、西谷監督はその時点でも浅村選手を高く評価はしていなかった。チームの主軸として据えてはいたが、高卒でのプロ入りを口にする浅村選手の言葉と行動がつながっていないと、厳しく接したという。西谷監督はこう回想している。

「当時の浅村は取り組む姿勢が甘かったんです。良い練習をしているなぁっていうのが続かない。でも、本人に進路志望を聞けば『プロ』という。だから、きつく言うときもありました。『プロに行きたいって、それはプロ野球選手に失礼や。お前のような姿勢の取り組みでプロに入れたら、誰でも入れる』と。それでも変わりそうになかったんで、西岡剛(現阪神)がオフにグラウンド来た時に、一言言ってもらったんですよ。『プロ目指しているらしいやん。さっき見てたけど、プロなめんなよ』と。その時から浅村は一気に変わりましたね」