【高校野球企画】Youthful Days ~まだ見ぬ自分を追いかけて~ vol.9 田村龍弘選手[千葉ロッテ]

2018-08-28 09:00 谷上史朗
千葉ロッテマリーンズ・田村龍弘選手【イラスト:横山英史】©C.L.M

千葉ロッテマリーンズ・田村龍弘選手【イラスト:横山英史】©C.L.M

第100回全国高等学校野球選手権記念大会が閉幕した。今年も甲子園で高校野球の頂点を巡る戦いから、多くの新たな物語が紡がれている。夢見た舞台へ辿り着くために、球児たちはどれだけの鍛錬、挑戦、葛藤を積み重ねているのだろうか。現役プロ野球選手の高校時代を振り返る連載第9回は、若くから正捕手の座を射止めた田村龍弘選手(千葉ロッテ)。小柄な体格を生かすような、素早いスローイングや軽快なフットワークはプロでも指折りのレベルとして数えられる。リーグを代表するキャッチャーたらしめているのは、抜け目のないプレーの根底にある思考力だ。

冴える野球脳をプレーへと連動させる能力

光星学院高校2年の夏から3季連続で甲子園準優勝を果たしたチームの看板選手だった。3年時は中学時代から大阪の狭山ボーイズでチームメイトだった北条史也選手(現阪神)と3、4番も組んだ。ポジションについては1年時はレフト、2年時は全国高等学校野球選手権大会でもサードを守ったが、これは打撃を優先した結果。中学時代にキャッチャー経験はあったが、本格的に捕手となった2年秋以降に田村選手の魅力はひと際輝きを増した。

ただ、攻守で目覚ましい活躍を見せた甲子園での大会が終わり、秋のドラフト前には青森県八戸市にある光星学院高校の練習グラウンドを訪ねると、田村選手は後輩に混じり、セカンドやサードでシートノックを受けていた。左手にはキャッチャーミットではなく内野手用のグラブ。実はドラフト候補となった田村選手に対し、スカウト陣からはこんな評価も聞こえていた。「あの体ではプロのレギュラーはきつい。長いシーズンもたない」。「内野で使えるなら2番手野手くらいになる可能性はあるが…」。

3年夏の資料を見ると173センチ、77キロ。スカウトの中には今もこのサイズを明確な基準として持っている人がいるが、3年春夏の甲子園を見終えた時、僕は「捕手・田村」以外に考えられなかった。強さと素早さを備えたスローイング、視野の広さを感じさせる1、3塁への牽制。そして何より、田村選手の優れた野球脳の一端に触れることができたリード面。

光星学院高校の仲井宗基監督は当時「配球は田村に全面的に任せていましたし、彼の観察力は本当に凄い」と感心しきりに語っており、型にはまらず、時には同じ球を徹底して続け、打者の内角も大胆に使う配球は見事だった。結果、決して盤石とは言えない投手陣を巧みにリードし、チームを春、夏とも決勝戦の舞台へと引き上げた。最後は藤浪晋太郎投手(現阪神)と森友哉選手(現埼玉西武)がバッテリーを組んだ大阪桐蔭高校と対戦している。

田村選手の優れた野球脳には試合前後の取材時間にも触れることができた。実によく喋り、またその内容が的確で、記憶力も抜群だった。例えばタイムリーを放った打席について尋ねたとする。すると、あの場面は前の打席でこういう攻めをされていて、初球、2球目がこうだったから3球目のあの球を狙ったんです、と快打の理由を明快に返してきたのだ。

3年夏の甲子園、神村学園高校戦。田村選手は好投手と評判だった柿沢貴裕氏(元巨人)に対し、上げていた左足を降ろしたところで1、2…としばらく待ち、そこへ来た高目の変化球を左中間スタンドへ放り込んだことがあった。桐光学園高校戦でも松井裕樹投手(現東北楽天)の決め球、絶品のスライダーを同じように左足を下ろしたところで待ち、痛烈にライト前へ弾き返した。あるいは、相手投手が投球モーションに入り、投げにくるタイミングで打席内で足の置き位置を変え、スイングしたこともあった。

守りの面でも具体的な場面を挙げて話を向けると、「あの場面は…」「あのバッターは…」と饒舌に語ってきた。“聞きほれる回答連発”の田村だったが、それだけ語れるということは、それだけの考えが常に頭にあるということ。捕手としての目が打者として生き、打者としての目がまた捕手として生きる…。その優れた野球脳に触れるほど「田村龍弘は捕手でこそ」の思いを強くしたのだった。