「失礼のないように」出場した4番打者の証言【ロッテから見た“10.19”(前編)】

2018-10-19 10:00 キビタキビオ
熾烈な首位打者争いをしていた高沢

 ところが、第1試合の開始前になると少し様子が違った。ロッテのベンチ裏では、有藤監督が選手を集めて檄を飛ばしたのだ。

 「近鉄と西武の優勝が今日の試合にかかっている。どちらのチームにも失礼のないよう全力でやってくれ!」

 そして、高沢は個別で以下のように言われた。

 「首位打者を争っているけれども、この試合、ウチでもっとも打っている選手を出さないわけにはいかない。だから出すぞ!」

 高沢はこのとき、パ・リーグの首位打者を僅差で争っていた。春先は不調だったが、途中からグングン打率を上げ、気がつけば松永浩美、福良淳一(ともに阪急)とバナザード(南海)との争いとなり、ひとつ頭を抜け出した状態でトップを堅守していた。

 84年に守備でフェンスに激突して右ヒザの膝蓋骨を粉砕骨折するなど、故障しがちでタイトルとは縁遠いと思っていたところに舞い込んできた千載一遇のチャンスである。打撃については「ストレートを投手と二塁手の間に向かって打つ」というスタイルでコツをつかんでいた頃でもあり、この年は野手の間に落ちるような幸運なヒットも多かった。

 タイトルはなんとしても取りたい。だが、自分から「休ませてください」とは言えない。とにかく、1本でも多くヒットを打って楽になりたい。近鉄の優勝がかかっている試合ということはさして意に介さず試合に臨んだ。

第1試合の途中から観客席に変化が

 橘修球審の手が上がったのは、15時ちょうど。第1試合は1回裏に愛甲猛の2点本塁打でロッテが先制し、その後は締まった展開でゲームが進んだ。だが、夕方になるにつれスタンドに変化が出てきた。観客がみるみるうちに増えはじめたのだ。川崎球場は異例の超満員となり、入場できないファンが周辺にあふれ、周囲の建物の階段や屋上にまで人が集まっていた。

 そのようななか、4番に入っていた高沢は切望していたヒットが出ない。3打席目に凡退すると、次の打席で代打を送られてベンチに退いた。

 「球団の方が打率の計算をしていてくれて、それに沿って監督が首位打者を維持しながらギリギリまで出られるよう配慮してくれました。第1試合でこれ以上ノーヒットだと第2試合に出せなくなる。監督からは『次の試合もあるから』と言われました」

 だが、高沢が交代した8回裏の時点で試合は3対3の同点である。皮肉なことに、9回の攻防において、高沢の代わりに「4番・センター」に入った森田芳彦がことごとく“勝負のきわ”に絡むことになる。

 9回表2死2塁の近鉄最後のチャンスに、17年の現役生活最後の打席に入った代打・梨田昌孝が勝ち越しタイムリーヒットを打ったが、打球を処理してホームへ返球をしたのは森田だった。さらに、9回裏に緊急リリーフで登板した近鉄の左腕エース・阿波野秀幸をロッテが追い込み2死満塁としたが、本来なら高沢の打順で打席に入ったのも森田である。
 
 俊足好守を売りとする3年目の森田に、異様な盛り上がりとなっていた大一番の打席はさすがに荷が重く、空振り三振に倒れて近鉄が薄氷の勝利を決めた。ベンチで見ていた高沢にとっても、いたたまれない心境である。

 「僕が打席に立ったとして結果はどうなっていたかわからないですけど、個人のことでチームが動いたことについては申し訳ないと思っていました。森田にも『悪いなぁ』と」

 しかし、それを引きずっている暇はない。第2試合は約20分後には開始されることになっていた。
(文中敬称略、後編に続く)